PEOPLE
2021.05.4 TUE.
ECO-FRIENDLY PIONEERS
#02
“10年で消えるブランド”をつくる
国内で、1年間にどのくらいビニール傘が廃棄されるか知っていますか? 答えは、約8,000万本。この数字は、日本の総人口の約6割にも及びます。金属やビニール、プラスチックなど異素材を組み合わせてつくられるビニール傘は、分解が難しく、その多くが埋め立て処理や焼却処分されます。2020年にスタートした「PLASTICITY(プラスティシティ)」は、役目を終えたビニール傘を再利用して、ファッションアイテムに生まれ変わらせるブランド。何層にも重ねたビニールをプレスして新しい生地をつくり、トートバッグやサコッシュバッグなどの製品に仕立てています。同ブランドのデザインを手がけるクリエイターの齊藤明希さんに、PLASTICITYが生まれたきっかけや、アップサイクルへの考え方について伺いました。
「10年後になくなるべきブランド」へ込めた想い
PLASTICITYはもともと、齊藤さんが、専門学校の学園祭で発表したブランド。そのデザインや理念に、リサイクル製品の企画・製造などを行う株式会社モンドデザインが共感し、製品化につながったそうです。
「たくさんの方に手に取っていただけるようになって、気づかされたことは多いですね。豚の革を透明に加工する技術があるのですが、そのような素材に見えると言っていただけたり、手すきの和紙のように見えると言っていただけたり。生地の重ね方やプレスの仕方によって、同じ素材でも表情を変えられるのがPLASTICITYの面白いところです。研究すればするほど、素材の魅力をもっと引き出せるのではないかと思います」
PLASTICITYは「10年後になくなるべきブランド」というスローガンでも注目を集めています。このスローガンには「すぐに新しい物を購入しがちな現代、少し見直せる部分ってないかな?」「自分にできることって何かないかな?」という、自分を含んだ社会への問いかけを意味していると、齊藤さんは言います。
「ブランドを構想し始めた当初は、駅でゴミ回収をしている方などに傘を譲っていただき、それを大容量のIKEAのショップバッグに入れて、専門学校に通っていました。そうやって、毎日傘を集める中で、こんなに簡単に大量の傘が集まるのはどうなんだろう……と、疑問が浮かんできたんですね。そのような、私自身の疑問や、環境問題への憂慮をキャッチーにまとめたのが『10年後になくなるべきブランド』という言葉でした」
齊藤さんは、20代半ばまで、クリエイターになろうとは考えていなかったそう。イギリスの大学を卒業した後は、食品や日用品の香料を開発するメーカーに入社。その後、一度の転職を経て、ヒコ・みづのジュエリーカレッジのバッグコースに入学しました。
「香料メーカーに勤めていたとき、身の回りのモノが生産される背景を初めて知り、普段買っているモノがどのようなルートでつくられているかということに、関心を持つようになりました。私たちがモノを選んだり、買ったりする行為は、ある種の投票なのだなと。それなら、自分が共感できるモノに対してお金を払いたいし、そういうモノを自分の手で生み出してみたい。そう考えて、専門学校への入学を決めたんです」
行き場のないものや、最終的にゴミになってしまうものを、再利用できないか
専門学校で学び始めた当初から、なんとなく抱いていたのは、ヴィーガン素材を使ってものづくりをしたいという思い。コルク材を使ったバッグや、アンティークの着物の帯を使った小物をつくってみたこともあったといいます。
しかし、つくりたいプロダクトにマッチする素材は、なかなか見つかりませんでした。新しいタイプのヴィーガンレザーも出てきていましたが、工場から個人で取り寄せるのはハードルが高い。そのうちに、行き場のないものや、最終的にゴミになってしまうものを、再利用できないかと考えるようになったそうです。
「プラスチックはエコじゃないと思っていたので、使うのは避けていたんです。でも、海に流したり埋め立てたりするよりは、再利用したほうがいい。遊んでいるときも、これって使い終わったらどこに行くんだろう……と考えながら、街を歩くようになりました」
そのような中で目についたのが、街中に大量に捨てられたビニール傘。これなら自分の手で加工できそうだと思い、集めた傘を分解して実験を始めたのが、PLASTICITYのはじまりでした。とはいえ、現在の生地にたどり着くまではかなり苦戦したそう。ナイロンやメッシュなどの異素材と組み合わせたり、防水性を生かしてアウトドア系のアイテムをつくったりするなど、試行錯誤を繰り返したといいます。
「ビニール傘をそのまま使うと、どうしてもチープなイメージになってしまいます。強度を上げれば素材の表情が変わるかと思い、ライターであぶってみたり、シュリンク(熱を加えると縮むフィルムの性質を利用して、容器の形に沿って収縮させること)したり。実験を繰り返す中で、ビニールを何枚も重ねてアイロンでプレスするという方法にたどり着きました」
“とりあえず”買った傘がよその土地を浸食していく様子を考え、ゾッとした
廃棄されるビニール傘の分解工場を初めて訪れたとき、齊藤さんは「ゾッとした」と言います。目の前にあるのは、自分の背丈より高く積まれたビニールの山。しかし、業者の方にその数を聞いてみると、わずか3,000本との答えが……。年間約8,000万本といわれている廃ビニール傘が、国内外の土地に埋め立て処分されることの深刻さを、実感した瞬間でした。
「外出先で急に雨が降ってきたら、私たちは“とりあえず”ビニール傘を買いますよね。そして、必要がなくなれば捨ててしまう。そうやって、役目を終えた傘の多くは、海外の土地に埋められるんです。自分たちが何気なく出したゴミが、よその土地を浸食していく様子を想像して、心底ゾッとしました」
現在、PLASTICITYの製品は、関東圏の商業施設や鉄道会社から集められた廃棄傘を買い取って製造されています。それらを埼玉の工場で分解・洗浄し、栃木の工場でプレス加工。その生地が、都内にある縫製工場でバッグに仕立てられ、最終的に店頭やオンラインショップで販売されます。
「ビニール傘は、1本1本、劣化の度合いや汚れの付着度が異なります。工場では本来、これほどばらつきのある素材を扱いません。そのため、ブランドをスタートするにあたり、どのような条件でプレスするのが最適か、何度も実験が繰り返されました」
不要と思われているものでも、視点を変えれば“新しいもの”を生み出せる
人や地域、地球環境に配慮するエシカル消費への関心は、日本より海外のほうが進んでいるといわれています。そのため、齊藤さんはよく「以前イギリスで暮らした経験が、現在の活動のヒントになったのでは?」と聞かれるそうです。
「イギリスで得たヒントをあえて挙げるなら、生活の不便さでしょうか。イギリスで暮らし始めた当初は、なぜ街中に自動販売機がないんだろうとか、コンビニが早く閉まって不便だなとか、しょっちゅう感じていました。でも、そもそも自動販売機ってそんなにあちこちに必要なのかなと気づいたし、コンビニの店員さんは早く帰宅して家族と過ごせるんです。不便さが、豊かな心を育むこともあるのだなと、いまは思いますね」
適した商品やサービスがなくても、それに合わせて暮らせばいい。そのような考え方は、自身の現在のライフスタイルにも反映されているといいます。例えば、アトリエで使っているカーテンは、破れたシーツとアンティークのレース、祖父のスーツを組み合わせてつくったもの。
「気に入って長く使えるカーテンが見つかるまでは、とりあえずこれをかけておこうかなと思ってつくりました。何か不便が生じたとき、日本にはそれを解決するための商品やサービスがあふれていますよね。その便利さはいいことだと思いますが、社会問題や環境破壊などマイナスにつながる部分があるなら、少し見直してもいいのかなと思います」
専門学校時代、齊藤さんは床革(とこがわ)を使ったバッグづくりにも挑戦。床革とは、革の最表面を取り除いた内側の層の部分のこと。本革をつくるときの副産物であり、繊維が荒く薄いため、バッグの芯材などに使われることがほとんどです。
「卒業制作のテーマが“革”で、エシカルな革を探し求めていたときに、“残り物”のような扱いを受けがちな床革を、“主役”として使うアイデアを思いつきました。副産物や不要と思われている素材でも、視点を変えることで、魅力を引き出したり、新しいものを生み出したりできる。それは、PLASTICITYをはじめ、私のものづくり全般に通ずる思想のような気がします」
Profile:
齊藤 明希
1992年千葉県浦安市生まれ。イギリスのリーズ大学コミュニケーションズ学科卒業後、日本の企業に就職するが、幼い頃から好きだったものづくりで何かを始めたいと思い、ヒコ・みづのジュエリーカレッジ・バッグメーカーコースに入学。2020年に卒業後、フリーランスで企画、デザイン、制作を続ける。在学中にスタートした廃棄ビニール傘を使用したバッグブランド「PLASTICITY」は、株式会社モンドデザインの協力により2020年4月より本格デビュー。