MATERIAL
2021.09.03 FRI
MATERIAL A to Z
#04
“繊維の王様”ウールの秘密に迫る
知っているようで詳しくは知らない、ファッションの素材について学ぶ連載「MATERIAL A to Z」。第4回目となる今回は、冬を温かく過ごすためには欠かせない存在、ウール=羊毛についてです。ニットやコート、ジャケットなど、多くのアイテムに使われる素材。現代では代用素材が多く開発されているにも関わらず、古くから愛され今でもこんなにも使われる理由はなんでしょうか。40年にわたり繊維業界で活躍し、数々の大手ブランドを裏側から支えてきたO0uマテリアルスーパーバイザー・カベ先生にお聞きしました。
実は人の手によって生まれた“天然”素材。
——今回は、秋冬の定番素材、ウールについて伺います。やはり古くから使われている素材なんですか?
羊毛の歴史は人類の歴史。そう言っても過言ではないほど、長い歴史があるんです。あのモコモコとした愛らしい姿は、実はなんと8000年という長い歳月をかけて、交配を重ねた結果なんですよ。とくに毛を衣料の原料として使われる品種は、人類が改良を重ねたことで生まれた動物なのです。
近い動物に山羊がいますよね。どちらも基本はツノと割れたヒヅメを持ち、草食で反芻をする動物です。最も簡単な違いは、やはり毛ですね。山羊は粗くまっすぐで、どちらかといえば人間の髪に近いため、ヘアーと呼ばれます。一方で羊は柔らかくくるくるとしてます。こちらをウールと定義しましょう。
原始的な品種は、このヘアーとウールが混じって生えています。それを衣料に使えるよう、良質なウールをもつ羊を選んで交配を繰り返したことで、ヘアーがなくいいウールだけをもつ羊が生まれたのです。
——8000年もかけて…それだけ人類には羊の毛が欠かせなかったのですね。
紀元前6000年頃に中央アジアで牧羊がスタートし、紀元前2000年頃からカルディア人が羊の毛を刈って毛織物を作り始めた、と言われています。それ以降、移動式の家パオを使うモンゴル、じゅうたんとして活用する中国、またトルコ経由でヨーロッパへと伝わり、大航海時代を経て世界中に広がったようです。
また、十二支にも入っていることから日本でも古くから馴染みの動物かと思われますが、実は一般的にウール製品が使われるのは洋服化が進んだ明治以降のこと。羊毛生産は湿度の高い環境があまり適さないために、日本におけるその歴史は浅いんです。
——ウールにも種類があると思いますが、どんな区分があるのでしょう。
主なウール原料となる羊は大きく分けて2つ、「メリノ種」と「英国種」に分かれます。
「メリノ種」の羊が誕生したのは、スペイン帝国時代のこと。羊の扱いや品種改良技術に優れる民族に支配されていた歴史があることから、良質な羊を生み出す術に長けていたようです。こうして生まれた「メリノ種」は、後の大航海時代を築く大きな富を産んだことから、当時の国王は輸出を禁止。しかし女王がフランスやオランダに嫁いだときに“嫁入り道具”として持たせたことから、以降南アフリカ、イギリス、オーストラリアへと広がっていきました。
現在ではオーストラリアが世界最大のメリノウール大国となり、世界中に供給。全世界のウール衣料品の70%は、メリノウールが使われていると言われています。こんなにも重宝されている理由は、羊毛の中でも特に繊維が細かくしなやかなで、肌触りも良好なうえに軽量だから。また一頭あたりの採れる毛量が多いのも特徴です。衣料品として使うには、もってこいの品種なんですね。
一方「英国種」は、英国の伝統的な牧羊技術によって生み出された純血種。ロムニーやシェットランドなど、洋服、特にスーツやジャケットなどに使われることから聞いたことがある品種もいるかと思います。英国政府系団体の管轄によって厳正に取引されているため、ある種のブランドとして重宝されていますね。
ウールはなぜ、温かいのか。
——そんなウールは、冬服によく使われるため温かいというイメージですが、実際にはどんな特徴があるのでしょうか。
羊の毛と聞いてみなさんが思うのは、きっとくるくるとしたカーリーヘアを思い浮かべるでしょう。ウールの温かさの秘密は、そこにあるのです。くるくるとした状態を「クリンプ」といい、ウールが空気をたっぷりと抱えこんでくれるから、温かさを感じるのです。
なぜ「クリンプ」が起こるか。それはパーマをかけた髪を濡らすとくるくるが強くなるようなものを想像してもらえれば、わかりやすいでしょう。羊毛の内部には「オルソコルテックス」「パラコルテックス」と呼ばれる2種類の組織があり、「オルソ」は水分を吸いやすく、「パラ」は水分を吸いにくいという特性を備えます。「コルテックス」は水分を含むと膨らむのですが、「オルソ」と「パラ」、それぞれの特性によって膨張率の違いが生まれ、くるくると縮れる「クリンプ」現象が発生するのです。
また「コルテックス」のまわりは、「スケール」といううろこ状の組織で覆われています。私たちの髪の毛のキューティクルのようなものですね。「コルテックス」が湿気を溜めこみ膨張すると「スケール」は開き水分を放出し、「コルテックス」内の水分が減少すると「スケール」は閉じる。この働きによって、羊毛は適正の水分状態を保ってくれます。この性質は、羊から羊毛が刈り取られ、ウール繊維から製品になった後も、失われることはありません。
——ウールのしっとりした風合いは、この水分調整機能があるからこそ、堪能できるのですね。
ただこの「スケール」がワルさをすることもあるので、気をつけないといけません。水分を含んで「スケール」が開いた状態のウールは、繊維同士が絡みやすく離れなくなってしまいます。これが「フェルト化」。洗濯でセーターが縮んだり、ゴワゴワとした風合いになったりしてしまうのは、これが原因です。一度「フェルト化」されたウール製品を元に戻すのは、不可能と言っていいでしょう。
「フェルト化」を防ぐには、「スケール」が開いた状態にしないこと、また繊維同士を絡まないよう気をつけることが大切。「スケール」が開く要因である、熱と水。繊維が絡む要因である、こすれ。この3つを避ければ、「フェルト化」は避けられます。ウール製品はドライクリーニングが推奨される理由は、ここにあるんですよ。
一方でこの「フェルト化」を生かした製品も、みなさんはよくご存知のはずです。例えばピアノの弦を叩くハンマーの先にはその名のとおりにフェルトが付いていますよね。絨毯もまたしかり。さらに「フェルト化」した羊毛を織物にしたのが、ネルシャツに使われる「フランネル」や、コートでお馴染みの「メルトン」なんです。
実は夏にもウールは大活躍!?
——いままで出てきた製品を聞くと、どれも秋冬に活躍するものばかり。秋冬ものに特化した素材なんですね。
たしかにウール素材の特性から、秋冬に大活躍。ですが、実は夏服にもウールは使われていますよ。サマーウールやトロピカルウールなんて言葉を聞いたこと、ありませんか?で、夏向けウールについて話す前に、ウール原料を糸にする際に2つの紡ぎ方があるのをご存知ですか?「紡毛(ぼうもう)」と「梳毛(そもう)」というものです。
「紡毛」はモコモコの原毛をほぼそのまま糸として紡いだものを指します。みなさんがウールと聞いて想像する、毛糸のことですね。繊維方向もバラバラで、太さや長さも気にせず一緒くた。さらには毛羽も多く、その分たっぷりと空気を含むため、ふっくらとした手触りと温かみを感じることが特徴です。
一方で「梳毛」とは、モコモコの羊の毛を梳くことで、毛繊維の長さや方向を揃えて、縮れを伸ばす工程を経てから、糸として紡いだもの。髪の毛をブラッシングするようなものをイメージすれば、わかりやすいでしょう。毛羽が少ないために、その特徴は光沢感やコシがあってなめらか。高級スーツに使われる生地が、まさにこれ。
そんな「梳毛」素材をより強く撚った糸を使った生地が、サマーウールやトロピカルウールと呼ばれます。天然素材ならではの通気性と清涼感があって、肌触りもさらさら。また空気を含む特性から、外気の熱をシャットアウトしてくれることもあって、夏でも快適に着られるんです。
——ひとえにウールといっても、いろんな特徴がありますね。
今回は歴史と特性、素材の違いなどについてお話ししましたが、まだまだお話しできることがたくさんあるんです。続きは次回、ということにしましょうか。
Profile:
賀部 哲(カベ サトシ)
O0uマテリアルスーパーバイザー。1955年、東京生まれ。国内のあらゆるアパレルブランド、メーカーなどから依頼を受け、ファブリック素材の開発や、テキスタイルデザイン、素材のクオリティ管理や仕入れ管理などの務を行っている。多くのデザイナーから絶大な信頼を受ける素材の達人。
INFORMATION
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Illustration:寺門 朋代
Composition & Text:八木悠太