GOODS
2021.10.29 FRI
OLD THINGS, NEW THINGS
#03
文化を“ほぐし”、“織りなおす”
あざやかな色合いやモダンな柄が特徴的な、群馬県伊勢崎の伝統工芸品『伊勢崎銘仙』。カルチャーブランド〈Ay(アイ)〉はそんな伊勢崎銘仙をアップサイクルし、現代のライフスタイルに合わせて仕立て直した洋服を販売しています。〈Ay〉を運営しているのは、伊勢崎出身の現役大学生・村上采さん。ブランド立ち上げに至ったきっかけやアップサイクルの魅力と難しさ、そして身近なことからはじめられるサステナブルの第一歩について話を伺いました。
古き良きものを生かし、新たな文化を紡ぐ
『伊勢崎銘仙』は北関東を中心に大正から昭和初期にかけて作られていた着物。縦糸と横糸、両方に柄をつけて織る技法“併用絣(へいようがすり)”ならではの、独特な模様とあざやかな発色が特徴です。なかでも高度な技術を誇った群馬・伊勢崎は生産量が最も多く、当時、日本全国で約10人に1人の女性がこの『伊勢崎銘仙』を愛用していたともいわれています。
そんな『伊勢崎銘仙』を洋服にアップサイクルするカルチャーブランド〈Ay〉は、“文化を織りなおす”がコンセプト。そこにはどんな思いがこめられているのでしょうか。ブランドを手がける村上采さんに、お話を伺いました。
「糸と糸を合わせて美しい織物をつくるという意味の“織りなす”という言葉に“お”を加え、“織りなおす”という言葉をコンセプトにしました。着物をほどいて洋服にデザインし直して販売していますが、その文化自体も“ほぐして向き合う”こともテーマとしています。古きよきものを最大限生かしながら、現代の私たちを豊かにする価値を再発見するという意味を込めているのです。
ただ洋服を売りたいというわけではなく、その先で文化を発信したり、新しい文化を紡いだりしていきたいという思いから、“カルチャーブランド”という表現にもこだわっているんです。」
ブランドを立ち上げるきっかけになったのは、2019年3月。通う大学のゼミ活動の一環で訪れたコンゴ民主共和国での経験だったそう。
「現地では教育に関するワークショップを行いましたが、私たちが帰国したあとどれだけ生活に根づくのか、疑問に感じました。一過性のものでなく、継続してお互いに成長しあえるような活動をしたいと考えた末、立ち上げたのがアフリカンファブリックのアパレルブランド。それが、〈Ay〉の前身でした」
そこから現在の形に至るまでには、ブランド存続の危機、不安や葛藤との戦いだったそう。
「ブランドを立ち上げて1年が経つ頃、新型コロナウイルスの波がやってきました。渡航ができない状況で、ブランド自体も存続の危機に陥ってしまったんです。先の見えない状況への不安を抱えながら活動を続けていくか迷っていましたが、郷里に帰って気持ちの整理をしてみると本当にやりたいことが見えてきました。コンゴ民主共和国の人たちと一緒に服を作っていたのは、社会課題をものづくりで解決するという試み。その方法はどの地域でも同じことができるのではないかと気がついたんです。と同時に、中学時代から関わりを持っていた『伊勢崎銘仙』を思い出しました」
中学生時代のふるさと学習で、地元のおばあさん方から教わった、伊勢崎銘仙の歴史や魅力。村上さんは銘仙のあざやかさやおばあさんたちの熱意に惹かれて、イベントが開催されるたびに参加していたとのこと。衰退してしまっていた現在の銘仙に新しい価値を見出せないかと考え、着物をアップサイクルする形を思いついたといいます。
身近にあるものを知り、そのよさに気づく
着物を布に戻し、それを現代に合った形にデザインして、織りなおす。そこには、アップサイクルならではの苦労があります。
「現在、群馬では銘仙を生産していないため、2次流通しているヴィンテージの銘仙を仕入れています。一番大変なのは、着物をほどく工程です。ひとつひとつ手作業で糸を抜くしかないので、とにかく手間と時間がかかってしまうんです。また、ほどいたあとの布は幅が36cmしかないので、それをうまく生かして洋服のデザインを起こすのも難しい点ですね。頭を悩ませながら、4〜6カ月かけて形にしていきます」
一方、アップサイクルだからこその魅力も。
「1枚の着物から作れる洋服は、1着か2着程度です。だからこそ、柄の出方も風合いも違う、この世に1着しかない洋服が出来上がります。なかでも『伊勢崎銘仙』は、他の着物に比べてモダンな柄が多いので、洋服に仕立てても違和感なく馴染んでくれます。またシルク100%ならではの上品な質感やなめらかな肌ざわりにも魅力のひとつです」
〈Ay〉での服作りを通して、銘仙についてはもちろん地元である群馬県のことを知る機会が増え、そこからさまざまな気づきがあったといいます。
「銘仙のアップサイクルを始めたあとに、群馬県は銘仙だけでなく繊維産業全体が盛んな地域だったことや、祖母や曽祖母、そして親戚のおばあちゃんが銘仙の織り子をしていたことを知ったんです。特に後者については、先に言ってよと思いましたが……(笑)。親戚のおばあちゃんに話を聞いてみると、蚕を育てる家、繭を糸にする家、糸を織る家…といったように地域ぐるみで協力しながら銘仙を作っていたというあたたかいエピソードを聞かせてくれました。もともと私自身は海外志向で留学したりコンゴ民主共和国に行ったりしていました。しかし地元強みや銘仙の魅力に改めて気づいて、群馬・伊勢崎は〈Ay〉のプロダクトを作るのに最適な場所だと実感しました」
身近なものの魅力を知ることが、サステナブルの“はじめの一歩”になる。村上さんはそう語ります。
「昔から続く文化や伝統的なプロダクトは自分の身近にはないと思っている方が多いですが、実は知らないだけかも……。そう考えると、サステナブルに取り組む第一歩は、地元や身の周りにあるもの、そしてそのよさを知ることなのかなと思います。絶やしたくないと感じる素敵な文化やストーリーを持った生産者がたくさん見つかるかもしれませんよ。私自身も群馬で活動・生活しているので、地元で生産された素敵なものや友人が作っている魅力的なプロダクトを応援消費することを意識しているのですが、それだけでもサステナブルな行動になると思います」
文化自体をアップサイクルする
このようにして〈Ay〉では、銘仙以外の身近にある“魅力”を形にするチャレンジを始めています。
「今は日本の繊維産業や技術に惹かれています。銘仙以外にも素敵なものを探して文化を織りなおし、世界に発信していきたい。そこで、伊勢崎にある小さな工場のレース生地に着目し、その廃棄予定だった未利用生地をアップサイクルしたブラウスを作り最近リリースしました」
<Ay>の最新コレクションではその他にも、廃棄ペットボトルから再生したサステナブル素材と『伊勢崎銘仙』を合わせたアイテムを発表。地球環境への貢献にもより貪欲に取り組んでいます。
他にもうひとつチャレンジしてみたい構想があると、真剣な表情で教えてくれました。
「〈Ay〉というブランドを発信しメディアにも取り上げられるようになったことで、秩父にいる現役の銘仙の職人さんを訪問する機会をいただいたんです。そこで14もある工程を1人でこなされているのを目の当たりにして、技術の素晴らしさを感じる一方、労働に対価があっていないという課題や後継者問題の重大さを感じました。今後はヴィンテージの銘仙をほどく今のスタイルだけではなく、職人さんとコラボレーションし、〈Ay〉のために織ってもらった銘仙でプロダクトを開発したいと思っています」
「まだ予算が追いついていないんですけど」と笑う村上さんと話していると、きっと近い未来に実現すると思えてくるから不思議です。
大きなテーマに挑んでいる村上さんですが、ひとつひとつの取り組みを紐解くとそれは、“現代を生きる自分たちの生活をより豊かにする”ためのアクション。ストーリーのあるアイテムを日常に取り入れることで、生活に少しだけ深みが出て豊かな心を持つことができる。サステナブルな選択は、そんなモチベーションからはじまるのかもしれません。
「いずれは日本から世界に通用するブランドになりたいので、ヨーロッパやアメリカに進出できればと思っています。日本国内で生産されたものが世界に流通するのは、食も衣類もわずかな割合しかないのが現状です。これでは文化が衰退し、日本の豊かさまでも失われてしまう恐れがある。
これまで伝わってきた文化そのものをアップサイクルして海外で評価を得ることで、改めて日本国内でもその文化が再認識される。私たちがより豊かに、幸せに暮らすためにも、そういった未来をつくれたらと思います」
Profile: 村上采
群馬県・伊勢崎出身。大学のゼミ活動で行ったコンゴ民主共和国での経験をきっかけにファッションブランド〈Ay〉を立ち上げ、伊勢崎銘仙をアップサイクルしている。NHK「おはよう日本」や雑誌「VOGUE」「JJ」のWEBサイトでも取り上げられるなど、その活動やアップサイクルならではのプロダクトが話題を呼んでいる。
https://www.ay.style/
instagram: @ay___jy
INFORMATION
Edit&Text:河野未夢(vivace)