INSPIRATIONS
2021.09.17 FRI
ECO-FRIENDLY PIONEERS
#11
カポックの実が変える未来環境
カポックという素材をご存知でしょうか。コットンのようにふわふわで軽さは約1/8。一方でまるでダウンのように温かいといいこと尽くめの綿のことで、主に東南アジアで収穫される木の実から採れます。製品としては生かしきれていなかったのが実情だったこの素材。こちらを衣料資材として商品化し、洋服に活用しているブランドが最近注目を集めています。
〈カポックノット〉のファウンダー兼CEO、深井喜翔さんに話を伺ったところ、カポックは、とてもサステナブルな素材でした。カポックの魅力や衣料資材の開発の経緯について、また“どうサステナブルなものなのか”をご紹介します。偶然見かけた単語から素材開発に着手
あまり知られていない“カポック”という素材。ご実家が衣料品の生産を手がける深井さんも、この存在を知ったのは“武者修行”として務めていた繊維メーカーのサラリーマンになってからだという。
「大学を卒業後に就職したのち、いずれ家業に携わることになると思い、修行のつもりで繊維メーカーに転職しました。さらに、どうせなら家業に入る前に箔をつけなきゃいけないなと思い、繊維のスペシャリストとして活躍できる繊維製品品質管理士という資格を取りました。その試験勉強の中で教科書に載っていたことから、“カポック”の存在を知ったのです。そのときは“へ〜、こんな繊維素材があるのか”程度にしか思わなかったんですよ。ちなみにテストには一切出なかったですね(笑)」
月日は流れ、いざ家業に戻り業務に取り組みはじめると、思ってもみない状況を知り、驚いたといいます。
「家業である衣料品の生産はいろんなブランドさんの企画を元に作るのですが、アパレル業界に根付く“大量生産・大量廃棄”の現状には愕然としました。もちろん環境や人権に配慮されてないという問題もありますが、それ以上に私は“事業として厳しい!”と思いました。いまだ労働力が安い国が多いとはいえ、例えばカンボジアの最低賃金はここ5年で2倍になっています。これまで75年続いている家業の、次の75年をデザインするのに、このままではいけないと感じたのです」
この実態を知ったころ、アパレル界ではガチョウの羽=ダウンの代替となると言われた衣料資材が“非常に薄く軽いのに、抜群に温かい”と注目を浴びていました。しかし非常に高価という課題をクリアできず、流行には至らなかったといいます。
「家業で何か革新的なことを起こさないといけない。そう感じていた折にその衣料資材が注目されていたことに目をつけて、さらに代わりになるものはないかな、と思っていたのです。そんな中で、ひらめいたのがカポックの存在なんです」
ところが、いざカポックを使った製品を作ろうにも、取り扱うメーカーが皆無。主な生産国であるインドネシアでも、枕やクッション、マットレスなどには使われても、洋服の資材としては使われていませんでした。
ここで深井さんは、なんとインドネシア領事館に自ら問い合わせて、協力してくれる農場を見つけ出し、原料から開発することに着手。
「家業の本家筋が、カシミヤ製品を130年作り続ける事業を営んでいます。原料から洋服までを一貫して作ることがなにより強みの工場で、カシミヤに関しては日本で唯一残っている一貫工場なんです。こうした様子を目の当たりにしていますから、どうせ作るならまず原料から、というのが私の、ひいては我が家のモットーなんです」
カポックがサステナブル素材である理由
繊維としてのカポックは中心が空洞状のために空気をたっぷりと蓄え、なおかつ湿度を適度の吸収・放出する特性を持ちます。とくに冬は寒い外気を遮断してくれるため、非常に温か。また前述のとおり、コットンの1/8の軽さというのも特筆すべき点。植物繊維だから手軽に洗えることだってメリットです。
このように非常に高い機能性を備えながら、これまでカポックは繊維が短いがために衣料資材には向かないとされてきました。この課題をクリアすべく大手企業とタッグで研究開発を重ねた末、シート状にすることで特性を生かした製品化に成功したとのこと。
このカポックシートを主に使うブランドが、深井さん自らが手がける〈カポックノット〉です。アウターを中心としたラインナップで、製品を1着購入することで、約30羽の水鳥の羽を使わずに済み、2Lペットボトル約1500本分にあたる約400gのCO2が削減されることになるといいます。
「また違った側面でも、サステナブルに貢献できているんです。カポック農場は衰退産業だったようで、農場経営をやめて伐採し、木材として売ってしまうところが多かったみたいなんです。今後衣料資材としてもっと活用できるようになれば、農場が潤って伐採を止めることにもなります 。さらには現地の農場で働く人たちを守ることにもつながります。こんなにも社会に貢献できる素材は、なかなかないですよね」
当初はビジネス面を目的に手がけた、カポックの衣料資材。出来上がった結果、ピンチをしのぐどころか、さらなるチャンスも広がったという。
「ダウンの代替え品として優秀なうえに、価格もぐっと抑えられるようになりました。さらにシートは薄く軽いから、アウターのシルエットにも影響しないというメリットも。〈カポックノット〉を通じていろんなブランドさんに注目していただけるようになって、今シーズンは10ブランドとのコラボが実現できました」
続けるためには、事業としての成功が必要
自然環境や労働環境に優しく貢献できて、機能性抜群ゆえに注目を集めて事業としても成功しつつある、カポックというサステナブルな素材。実は深井さんは両親の影響で10歳ごろからNPO活動に携わっていて、30歳の現在まで20年もの間、サステナブルを中心とした社会的なテーマを学んできたといいます。そんな彼がサステナブルについて大切だと感じているのが、“社会性と事業性の両立”だと話します。
「サステナブルというと“とにかく環境にいいことをしよう”と単純に考えがち。ところが環境にいい行動ばかりをストイックにやっても、提案する側である企業が続かないんですよ。どうしてもコストがかさんでしまいますから。ビジネスとして成功して続けやすい状況になれば、環境配慮の行動が定着する。この好循環が生まれてはじめて、サステナブルは成功すると思っています」
事実、〈カポックノット〉は“環境にいい”という触れこみももちろんだが、スタイリッシュなデザインからも注目を集めています。
「ブランドを続ける上で、機能性とデザイン性を先に重視しています。やっぱり洋服は格好いいとか、素敵とか、そういう感情を与えないと、売れない。売れないと、せっかくのサステナブルないいことが続けられなくなります。買ってみたら“あ、実はサステナブルなものなんだ。じゃあまた買おう”と思っていただけると、最高ですね」
今後〈カポックノット〉ではどのようなことを仕掛けていくのでしょう。
「100%土に還るコートを作りたいですね。アウターの表面生地はまだカポックとポリエステルの混紡素材を使っているんですが、これを完全生分解性素材に替えたいと思い、開発を進めているところです。ほかにも“ブルーサイン”をはじめとした認証の取得や、カーボンフットプリントの明示化など、やりたいことはたくさんあるんです」
2021年10月には、期間限定ながら日本橋にお店を構える予定。また薄くて温かいカポックシートの特性をより活かした、インナーダウンの替わりとなるアイテム“エアースムースシャツ”をクラウドファウンディングにて展開中。さらにはカポックの性質が非常に相性のいい、アウトドアアイテムも企画しているとのこと。お洒落で画期的で楽しめて、実はサステナブル。そんな〈O0u〉 にも似たマインドを持つ〈カポックノット〉のこれからに、ぜひ注目していきたい。
INFORMATION
photo:鈴木規仁
edit&text:八木悠太