PEOPLE
2021.06.25 FRI
MY SUSTAINABLE LIFE
#08
写真家・阿部裕介 “偏見と常識”
ヨーロッパをはじめインドやネパール、欧米など、世界各地を巡り、行く先々の人や風景を飾りなく映し出し、多くの人の心を捉えてきた写真家、阿部裕介さん。広告やファッション誌などでも幅広く活躍する一方で、ネパール大地震による被災地やアフガンの難民キャンプの様子、女性強制労働問題など、写真を通じて私たちに社会課題を提起する作家でもあります。そんな阿部さんが最近取り組んでいるのが、長崎・五島列島などでのビーチクリーン活動です。その理由とは? 世界を旅したからこそ気づいた、今、見つめる景色についてお話を伺いました。
人との出会いに導かれて。旅先で気づいたゴミ問題
——世界を旅して撮影された作品はもちろん、THE NORTH FACE(ザ・ノース・フェイス)の広告などで知られている阿部さんですが、そもそも写真家になったきっかけはなんだったのでしょうか?
20歳の頃初めて海外に行って、いろんな人や景色に出会い、「学校の勉強が全てじゃない、当たり前とされていることは、当たり前ではない」と気づいたんです。それからは自分の目で世界を見たいと思い、カメラを持って世界を巡るようになりました。
卒業後は、ファッションショーの写真を撮る仕事をしていました。ファッション業界でさまざまな人種の人たちに出会い、それぞれのナショナリティに触れながら仕事をしていると、彼らの祖国に行ってみたいと思うようになりました。それで、ファッションショーの時期にはパリで撮影、終わったら旅に出るという生活スタイルになっていったんです。なかでもネパールやインドなどアジアの国では人々の暮らしや表情に惹きつけられました。
——出会う人々に惹かれるというのが、阿部さんのフットワークの源流にあるんですね。ゴミ問題を意識するようになったのも旅がきっかけですか?
旅を通して山や海にもよく行くようになり、あるとき海でゴミ拾いをしている人を見つけたんです。なんのためにやっているのかと聞いてみたところ、その人は砂浜に落ちたプラスチックゴミを拾いながら、「これが風や波で細かく砕かれ、海に流れれば魚が食べる。そうすれば今度は人間の体内にも入っていくことになるんだ」と教えてくれました。僕はそれまで砂浜に落ちたゴミの行方なんて考えたことがなかったので、「こんなにも身近な問題に今まで気づかなかったのか」と驚いたんです。
旅をしながら環境問題に気づかされることはたくさんあります。たとえば、今では日本でも有料化していますが、アジアで初めてプラスチック製レジ袋を使わなくなったのは、どこの国か知っていますか? パキスタンのフンザ地域の人たちなんです。彼らは、カラコルム山脈の雪が温暖化によって溶けて岩肌があらわになっていることに早くから気づいていました。このままでは大変なことになると、エコバッグを使ったり、アプリコットの木を削ってスプーンを作ったりと、プラスチックを使わない暮らしにいち早く取り組み始めました。そんな人々の様子や状況を目の当たりにすると、当然意識も変わります。
カメラを置いて、ゴミ拾い。子どもが必死なのに、大人は何をしているんだろう?
——現在、阿部さんは写真の活動と並行して、長崎県の五島列島でビーチクリーン活動をしていますが、これも旅がきっかけですか?
3年ほど前、五島に暮らす学生時代の友人を訪ねたたとき、海岸でゴミ拾いをしている現地の高校生たちに出会いました。潮の流れの影響で五島の海岸にはゴミが集まりやすく、それを拾っているのだと教えてくれました。ところが、その近くでは漁師がタバコの吸殻を平気で海に投げ捨てていて。こんなに必死な子どもたちがいるのに、大人は何をしているんだろうと愕然としました。それから自分にも何かできることはないかと、子どもたちに声をかけてゴミ拾いプロジェクトをスタートしました。
——実際に自分でゴミを拾ってみて、何か新しい気づきはありましたか?
やはり自分で体を動かしてみないと、わからないことがたくさんありました。砂に混ざってしまった小さな発泡スチロールなんて、本当に回収不可能。細かくなってしまう前にゴミを拾うことが大切です。一度きれいになった浜には、またゴミが流れ着きます。何度やってもその繰り返しなんです。だけど、いくらやっても意味がない、なんて考えるより行動したほうがいいと思っていて。環境問題に対してのアクションにネガティブなことは何もありませんから。
五島だけでなく、高知の仁淀川や石垣島でもビーチクリーン活動をしています。自分が声をかけ、タネを蒔いた地域人たちが、その後も自発的に活動しているところもあります。僕はあくまでもきっかけで、今後そんなふうに各地でビーチクリーンの活動が続いていったらいいなと思っています。
常識だと思っていたことがただの偏見だった。知識を得たから気づけた踏み込んだ先の景色。
——ビーチクリーン活動を始めてから、撮る作品に変化はありましたか?
これは、カメラマンならよくあることだと思うのですが、これまでは砂浜や森に落ちたゴミなど、汚いものは瞬時に隠したり避けたりして撮影するようなこともありました。でも今は、そんなふうに汚いところをきれいに見せようと取り繕うような写真は撮れなくなりましたね。
旅の写真も同じです。そこで生活する人たちの姿、彼らが見ている景色をありのままに、「普通」に写真におさめたいと思っています。
きれいな景色を撮りに行くことは、たぶん誰でもできること。でも僕は、そこからもうちょっとその国の人や暮らしに踏み込んでみたいんです。そこに新しい景色があると思うし、旅もグンと楽しいものになるはずです。
——そんな変化を感じている今、阿部さんが写真を撮る上でいつも意識していることはどんなことでしょうか?
今は写真を通して、偏見をなくせたらと思っています。旅もビーチクリーンも、まずは知ること、そして自分で体験することが大事です。僕自身、そうして知識を得ることで、今まで常識だと思っていたことが、ただの偏見だったと気づかされることがたくさんありました。
たとえば、パキスタンにあるアフガン難民キャンプに撮影に行くと言うと、みんな危険じゃないの?」と驚くのですが、実際に行ってみると、現地の人が持っているのは銃ではなく、ホスピタリティだった。とても手厚いもてなしを受けて、感激しましたよ。
やってみたから得られた、気づきと発見。阿部さんが楽しむ生活の中のサステナブル
——最近はなかなか海外に行くことが難しいと思うのですが、阿部さんは今、どのような生活をしていますか?
実は日本に半年以上いるのは10年ぶりで、生活の感覚も随分変わったように思います。最近は、ベランダにコンポストを設置して、土を育て始めました。野菜くずを入れると、微生物が数日で分解してくれるんですよ。栄養たっぷりの土はプランターでトマトやハーブを育てるのに使っています。こうした自然の循環を、ベランダの小さなコンポストで学べるのがすごく楽しいんです。
——コンポストを始めたのはやはりゴミ問題に対しての意識を持ったからですか?
はじめは野菜のきりくずを普通のゴミと分別して捨てるということが、いつも面倒だったからなんです(笑)。でも、それらを土に埋めてかき混ぜていると、いろんな発見がありました。
分解されやすいものがあれば、しにくいものもあり、野菜くずはすぐに分解されるのに対して、ウッドチップなどは時間をかけて土に還ります。自然の中のプラスチックゴミが、半年やそこらで分解されるわけがないと気がつくのは簡単でした。
この体験を経てから、再びビーチクリーンを体験してみると、海岸に落ちているボロボロのプラスチックは、消えて無くなっているのではなく、細かくなり海に流れていることに改めて納得します。
地球環境のことを考えてやらなきゃ、という大げさな気持ちではありませんでしたが、体験することで気をつけようと徐々に意識するようになりましたね。
僕はビーチクリーンも土を育てることも、まずはそこにさまざまな発見があることが楽しいんです。でも、こうして楽しそうにやっていれば自然と人が集まってきて、そこに出会いや気づきが生まれます。そうやって自然とサステナブルの輪が広がっていくのがいいですよね。
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Profile:
阿部裕介
1989年東京生まれ。写真家。大学在学中より写真をはじめ、ヨーロッパ・アフリカ・欧米・アジア諸国を旅しながらそこに暮らす人々を撮影している。これまでに女性強制労働問題を扱った「ライ麦畑に囲まれて」や、パキスタンの辺境に住む人々の普遍的な生活を捉えた「清く美しく、そして強く」などを発表。日本での主な活動として家族写真のシリーズ「ある家族」や、高知のよさこい祭を撮り下ろした写真集「ヨサリコイ」がある。
INFORMATION
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Photo:山崎悠次
Text:飯嶋藍子