INSPIRATIONS
2021.04.26 MON.
ECO-FRIENDLY PIONEERS
#01
やさしい革をつくる
革製品をつくる最初の工程に、動物の皮を腐らないようにしたり、柔らかくなるようにしたりする「なめし」という作業があります。このなめしに使う薬品は、環境へのリスクが長く課題としてあげられてきました。そんな中、独自に開発したなめし技術で「環境にやさしい革づくり」をしている企業があります。スカイツリーを臨む、東京・墨田区にある山口産業株式会社です。同社の3代目社長・山口明宏さんに、環境にやさしいものづくりを始めたきっかけや、今後の展望について伺いました。
人や環境への影響も。現在の主流「クロムなめし」には課題が多い
「当社は祖父が起こした皮革製造工場で、現在の従業員は私と妻を入れて4人だけ。1990年に先代の父が開発した、環境にやさしいなめし技術『ラセッテー』の開発・導入を皮切りに、『人と自然と環境にやさしい革づくり』を掲げて、さまざまなプロジェクトに取り組んでいます」
そう話す山口さん。国内外のアパレルブランドから発注を受けて、皮をなめし、染色をして納品する「タンナー」と呼ばれる、皮のなめし職人です。
なめしには、大きく分けて二つの方法があります。一つは、「塩基性硫酸クロム」という化学薬品を使った「クロムなめし」。もう一つは、「植物タンニン」という植物に含まれる成分を使った「タンニンなめし」です。
「第二次世界大戦中にドイツで開発されたクロムなめしは、低いコストでも、薄くて丈夫で、発色の良い革をつくることができるため、世界的に広まっていきました。現在でも、世界のなめしの約9割は、クロムなめしで行われています」
塩基性硫酸クロムは、それだけで有害なものではありませんが、熱を加えることなどで、化学反応を起こし、有害物質に変化してしまう危険もあります。また、分解しづらいクロムは、排水や廃棄物処理の問題につながることも。人体や環境へ影響を与える可能性をはらんでいることが、現代の主流であるクロムなめしの課題なのです。
皮革の世界で“循環”を実現したい。「土にも還る革」を目指して
そんなクロムなめしが抱える課題を解決するため、山口産業が開発したのが「ラセッテーなめし」。ミモザやアカシアの樹皮、柿の渋といった植物を使って行うタンニンなめしの一種ですが、従来のタンニンなめしが持つ弱点の克服に成功しています。
「一般的なタンニンなめしは、仕上がった革が硬く、用途が限られてしまうなどのデメリットを抱えていますが、ラセッテーは、それらを独自の技術によって解決した製法です。もちろん、塩基性硫酸クロムを一切使っていないため、排水はきれいなまま。焼却処分しても有害物質が空気中に飛散しませんし、土に還すこともできるため、地球環境への負荷がとても少ないんです」
ラセッテーが生まれたきっかけは、山口さんの父である先代が、フランスの皮革展示会へ足を運んだとき、クロムの代替えとして古来から伝わる植物タンニンを活用し、素材を開発しているタンナーと出会ったこと。「近い将来、この製法は、きっと世界で注目を浴びるだろう」と考えた先代は、自社での開発を始めました。ちなみに、「ラセッテー」とは、「russet(朽ち葉)」と、山口の「y」を組み合わせた造語なんだそう。
「枯れた葉が土に還って、養分になり、また新しい命を育む、という循環を、皮革の世界で実現したいという想いが込められています」
いいことづくしに思えるラセッテーですが、従来のクロムなめしと比べて、はるかに手間や技術を要するという課題も。それでも山口産業がラセッテーにこだわる理由は、二つあるそうです。
「一つは、競合ひしめくクロムなめしの世界で、価格競争に参加しても意味がないと感じたから。たとえ生産量が減ったとしても、潔くクロムなめしを切り離した方が、ブランド力が上がり、将来的な利益になるだろうという確証がありました。そして、もう一つは、やはり『人と自然と環境にやさしいものづくり』を実現することに意味があると思ったからですね」
そんなラセッテーですが、始めた当初は、まったく売れなかったのだそう。しかし、銀座の大手ブティックや百貨店など、環境保護に力を入れる企業の目に止まり、徐々に風向きが変わり始めました。
「卸問屋さんの中にも、ラセッテーの良さを理解し、可能性を感じてくれる人がいて、お客さまを紹介してもらうこともありました。おかげさまで、今では国内外の多くのブランドから支持をいただいています」
タンナーである自分にできるのは、皮革と環境問題とをつなぐこと
現在、皮革を通して、さまざまな地球環境に関する活動も行う山口産業。2017年に立ち上げた「一般社団法人やさしい革」では、「やさしい革の約束」という目標を提唱。「4つのゼロへの挑戦(工場排水のクロムがゼロ、仕事のストレスがゼロ、動物のストレスがゼロ、不公平・不公正な取引がゼロ)」を掲げ、それを実現するために、家畜生産国であるモンゴルにラセッテーの技術を提供する「MONYプロジェクト」や、檻を使わずのびのびと育てられた豚の皮を使用して革を生産する「Happy Pigプロジェクト」など、さまざまなプロジェクトに携わっています。
「すべて、われわれの『人にも自然にも環境にもやさしい革づくり』というモットーと、ラセッテー技術に興味を持ってくださる方々とのご縁なんです。例えば、害獣の皮を有効資源として革に加工する『MATAGIプロジェクト』は、北海道のエゾシカ団体や山陰地方の役場の人が『捕獲したエゾシカの皮をなめしてほしい』と訪ねてきてくれたことが始まり。私は革づくりしかできませんが、それまで知らなかったさまざまな環境問題と皮革をつなぐことができるとわかり、一つひとつ力を入れて取り組んでいます」
技術は同業にも伝えたい。それが地球のためになるなら
現在、山口産業は、ラセッテー技術を同業他社へ伝えることも考えているといいます。
「『技術を外部に出してしまうなんて』という声もあります。でも、多くの人に技術を伝えることによって、環境や人、地球のためになるのであれば、意味があることだと思っています」
このように、さまざまな革新的な取り組みを行う山口産業ですが、最近は消費者側からのメッセージが強まってきている実感があるのだそう。より良い商品の選択のために、商品の背景を知りたいという人や、サステナブルの観点で購買をしたいという人が増えていることを感じているそうです。
「そのような方々に、こんなものづくりをしている企業があるんだということを知ってもらえたらうれしいです。この取り組みを広めることで、目にした人の意識も変わっていくと思いますから、そのための努力を続けていきたいですね」
Profile:
山口産業株式会社
1938年、墨田区創業。皮のなめし加工の専門メーカー。「持つ人に喜びを、使う人に夢を与える革を製造すること」をモットーに皮革製造を行う。1990年から植物タンニンで皮をなめす独自のなめし技術である「ラセッテー」製法を開発し、ラセッテーレザーを製造。皮革を中心に、社会的課題解決への貢献にも積極的に取り組む。 https://www.yamaguchi-sangyou.co.jp/