MATERIALS
2021.06.29 TUE
MATERIAL A to Z
#03
コットンの歴史を学び見えるもの
知っているようで知らないファッションの素材について学ぶ「MATERIAL A to Z」連載の第3回。今回は、毎日の暮らしになくてはならない天然素材・コットン(綿)についてです。
衣類、肌着、タオル、寝具などの布製品として身近な素材でありながら、その背景には古代文明から現代へとつながる歴史が広がっているようです。40年にわたり繊維業界で活躍し、数々の大手ブランドを裏側から支えてきたO0uマテリアルスーパーバイザー・カベ先生に、その奥深いコットンの世界について伺いました。
発祥は7000年前?古代文明から紡がれるコットンの歴史
――私たちの生活のなかで最も身近な天然素材であるコットンですが、どんな背景を持つ素材なのですか?
再生ポリエステル、リネンときて、ついにコットンを語る時が来ましたね!
コットンは繊維の歴史において、とっても重要な素材です。現代の繊維を理解する上では、本来は種子毛繊維であるコットン、植物繊維であるリネン、動物繊維であるシルク、ウール。これら4つをまず知っておくと、化学繊維(※1)が作られてきた理由や方法が理解できますよ。
そもそも、種子毛繊維とは、植物の綿毛から繊維を取り出す繊維のことです。コットンボール(綿花)は知っていますか?花屋さんやインテリアショップで見掛ける白いワタのついた枝が綿花です。あのワタを少しずつほぐして均一に紡ぐ(つむぐ)ことで細い糸を作り、その糸を縦横(経緯)の組み合わせで織っていくとコットンという綿繊維素材になります。 コットンは「種子毛繊維」の代表的な存在。人造繊維は、これらの天然繊維を模倣し、安価もしくは安定して供給することを目的に作られているんですよ。
(※1参考 : MATERIAL A to Z #1 「再生ポリエステルって何ですか?」)
さて、コットンの発祥は品種によっても起源が違うのですがメキシコ、ペルー、インドという説が濃厚です。その歴史は7000年以上だとも言われます。
中でも、古代文明である「インカ帝国」時代にはすでに綿花が栽培され、綿織物が作られていたようです。それを裏付ける証拠として、インカ帝国以前の古墳からは、綿布に包まれたミイラが発見されています。
前回の記事「最古で最強の繊維リネンを学ぶ(※2)」では、古代エジプト文明ではミイラが麻に包まれていたと紹介しましたが、インカ帝国ではミイラには綿布が使われていた。織物の原型とも言える綿と麻が、時代も国も全く別の古代文明で、同じように発生し、同じ用途で使われていたのはとても不思議なことですね。古代エジプトとインカ帝国には、生地の織り方や染め方も共通点があるそうです。繊維からみる古代文明の謎は、すごくロマンを感じさせるものがありますね。
(※2参考 : MATERIAL A to Z #2 「最古で最強の繊維リネンを学ぶ」)
地理的な側面から言えることとすれば、ペルーはトマトやジャガイモの発祥の地とも言われていて、コットンも植物の種子を使った繊維です。トマトは栽培時に水を限界まで少なくすることで、甘みが凝縮するのを知っていますか?これは植物の生存本能を刺激し、種子の成長を促す手法。それと同様に、高山かつ乾燥地帯と言う過酷な環境が、良質な果実や種子の発祥・生育に適した環境だったのではないかと思います。
コットンなのにシルク級の手触り?品種ごとに質感が異なるコットン
――繊維素材としては、どんなものなのでしょうか?
現在のコットンは大きく「エジプト綿」「アメリカ・アップランド綿」「インド・デジ綿」に分けられ、それぞれ異なる用途で使用されています。綿花は、綿わたをどれだけ細い糸にできるかが重要。長く細い糸が作れる品種であればあるほど、肌触りがよく光沢が出て、品質が良く希少なものになってきます。無論、値段も上がってきますしね。
上記の表のように、コットンは「糸の長さ」ごとに区分されています。
まず、ペルーから発祥した綿花の種は、最も細く長い糸を作る超長綿の起源とされています。高級な品種はその多くがエジプト綿の仲間です。次に、メキシコから発祥した綿花「アップランド種」は、中長綿の起源とされています。アメリカを中心に世界中で一番生産されている品種です。最後に、インドから発祥した綿花「インド・デシ綿」は、最も短い糸である短綿の起源です。一般的な衣類にするには繊維が短く肌触りがざらりとした品種なので、現在はインテリアの敷物や中綿(ワタ)などに使用されています。
エジプト・ギザ綿やアメリカ・ピマ綿を代表とする超長綿は、しっとりとして光沢感のあるエレガントな仕上がりに、アップランド綿などの中長綿は厚手で丈夫なカジュアルウエアとして使われます。生地としてみると、細い糸を作ることができる超長綿の方が良質な品種と言えるのですが、超長綿はコットンの生産量全体の3%しかとれないため大変貴重です。いま市場に出回っている多くが丈夫で太い糸にできるアメリカアップランド綿という事情から、コットン=カジュアルウェアというイメージが出来上がったのですね。
ただでさえ生産量が少ない超長綿の中でも、高山で長期間かけないと栽培できない「スビン綿」や、カリブ海や西インド諸島でしか採れない「シーアイランド綿(海島綿)」はとても希少で高級な綿の代表格です。その中でもカリブ海の小さな島・バルバドス島で作られるシーアイランド綿は「奇跡の繊維」「繊維の宝石」とも呼ばれ、シルクに匹敵する滑らかさです。もし機会があればぜひ一度専門店などで触ってみてもらいたいです。コットンへのイメージが覆されるはずですよ!
さて、ここまでは代表的な品種についての紹介です。その性質についても補足しておきましょう。綿素材に共通する優れた特徴として、吸水性が高く、汗をよく吸うという性質があります。Tシャツなど夏の衣類や、タオルによく使われる理由がこれですね。
保水性が高く、速乾性がないのも代表的な特徴の一つです。そのため、肌を保湿してくれ静電気が起きにくいという利点も生まれ、下着やペチコートに使われるようになりました。品質の良いコットンはしっとりと肌触りが良くて肌が荒れにくいので、寝具やインナーの素材になるコットンの種類にはこだわるのがおすすめです。
「天然素材=地球に優しい」とは限らない?サステナブルなコットンとは?
――品質の良いコットンを使う魅力が実感できました。コットンは植物由来なので、人だけでなく、地球にもやさしい素材と言って良いのでしょうか?
そうですね。植物由来で土に返りますから、石油由来の合成繊維と比較すれば地球にやさしい素材だと言えます。でも、コットンの生産・製造過程には、大きな問題があることを知っておく必要がありますね。
これまで綿花は、ものすごい量の水と農薬を使って作られてきました。元々、乾燥地帯の植物でそこまで大量の水を必要としないにも関わらずです。大量かつ安定した供給のためには、植物の生育状態を確認しながら丁寧に育てるのは手間がかかる作業ですから、栽培コストを最小限にできる手法を選んできてしまったのですね。
WWF(世界自然保護基金)の報告によると、Tシャツ1枚分のコットンの生産には、2,700リットルの水が使われると発表されています。効率を重視し、広大な農場に大量の農薬と水を散布する栽培方法を取ることで、土地が痩せてしまう。そうすることで、農場周辺の自然まで壊してしまうことになるんです。今でもこの手法で作っている地域がない訳ではありません。そう考えると天然素材だから地球にやさしいと一概には言えないですよね。
環境問題だけでなく、コットンの生産地では歴史的に、安い労働力を過酷な環境で酷使しているという問題もありました。これらの問題を解決しようと生まれたのが、国際的な非営利団体「Better Cotton Initiative(BCI)」です。BCIは、持続可能な綿花の生産を目指して、水や農薬の使用量、適切な労働環境の提供について独自の基準を定めていて、いま多くの農家がBCIの指導のもとにコットンの生産に励んでいます。
BCIと同様に、サステナブルな方法で綿花を栽培する基準を設けて、コットンの生産や品質の管理をしている「コットンUSA」という団体があります。もしTシャツを買うときにコットンUSAのタグが付いていれば、環境配慮した素材を使っている証です。もちろん、O0uで使っているコットンはすべて、BCIもしくはコットンUSAの基準を満たしたものですから、安心して選ぶことができますよ。
カジュアルウエアだけじゃない。社交場でも愛されたエレガントな織りの止まらぬ進化
――コットンの魅力や課題、そして今なぜオーガニックコットンが注目されているのが理解できた気がします。ファッションとしてみると、コットンの服はカジュアルだから苦手意識が…という人もいるかもしれません。
先ほどお話したように、コットンはカジュアルだけではなく、エレガントで高級感のあるアイテムもあるので、紹介しますね。
例えば、フォーマルな場で男性が着用するドレスシャツ。そのなかでも、ブロードウェイの金融街の紳士達に着られたことからその名がついた平織のコットンシャツ「ブロードクロス」があります。ブロードクロスとは、精度の高い紡績綿糸(コーマ糸)を高密度で織ることで凹凸の少ない滑らかな生地になり、品の良いハリ感と光沢感が出せる織り方。産業革命以後、最もエレガントなアイテムとして紳士に愛用されてきました。
O0uにも、このブロード生地を使ったユニセックスシャツがあります。アメリカ・ピマ綿(コットンUSA)の超長綿を使って、ハイブランドのシャツに使われていてもおかしくないくらい、とても美しい生地を作りました。滑らかで品があり、どんな場所に着ていっても恥ずかしくない上質なアイテムです。
O0uのシャツに使用している素材は、O0u開発のオリジナルファブリックです。ブロード生地ですが、無地だけでなく、ストライプ柄も開発しました。ブロードクロスは元来、ストライプをきれいに見せたいというウォール街の紳士に愛用されてきたもの。印刷では出せないストライプの織りの美しさを感じてほしいですね。ジェンダーフリーのデザインで作っているので、男性でも女性でも楽しめると思います。
古代文明から産業革命、そして現代へ。人類の歴史はコットンと共に歩んできたというのを実感してもらえたのではないでしょうか。
コットンを取り巻く現状は、ファッション産業が抱える課題の重要な1項目ともいえるものです。だからこそO0uは、地球や未来のためになるものづくりを、素材作りや調達レベルから追求しています。僕ら作り手の人間は話すのが上手くないから、伝わりにくい部分もありますが…。
せっかくなので、「Me & THE EARTH」を読んでくれた皆さんが、生地や素材について興味を持ってくれると嬉しいですね。知識が増えれば、楽しみ方が変わる。ファッションの楽しみ方や選び方が変われば、その先には、より良い未来が待っていると思いますから。まずは、コットン素材の製品を選ぶ時、それがどんな素材なのかまで、気にしてくれると嬉しいですね。
profile:
賀部 哲(カベ サトシ)
O0uマテリアルスーパーバイザー。1955年、東京生まれ。国内のあらゆるアパレルブランド、メーカーなどから依頼を受け、ファブリック素材の開発や、テキスタイルデザイン、素材のクオリティ管理や仕入れ管理などの業務を行っている。デザイナーから絶大な信頼を受ける素材の達人。
INFORMATION
超高密度のブロード生地を織った光沢の美しいユニセックスシャツ ¥7,900
オーガニックコットンのベーシックTシャツ ¥3,900
Illustration : タムロアヤノ
Text : 佐藤葉月